LYRICS/歌詞

「植物」

トゲと花びら ぐにゃり曲がる葉そして枝 RGBと匂いの濃淡 触れるとかたいやわらかい かゆいこそばゆい めまいめいてい あるかないかで変わる名前 ほころぶつぼみ 枯れるまでにへる時間の形 増えたらちぎれる 果実が落ちて割れつつばらまかれる 種が芽生える あるかないかで変わる名前

「あたまの中」

あなたに向けて 私が感じることを伝えればつまりはこの世で 余白のところは何かしらになる ゆれ ずれ わからないまま 誰もが まともとなる中心を 頭の中を空っぽにすればいい そうしたらそこに霧が染み出してくる 自我はほどけてあらゆるところへゆく それは余白 美しい幻が立ち込めている知の辺

「風景」

目のはしにのびる色 透ける いなくなる 滑らかなアスファルト なでる 妄想の手でなでる 疲れた気持ち 吐き出した息 揺られる体 伝わる振動に 手足ビリビリ あたまもうろう ウトウトすると見るでもなく見える 目のはしにのびる色 透ける いなくなる 滑らかなアスファルト なでる 妄想の手でなでる くもったガラスに ぼうっとした赤 すれちがう光 それぞれに暮らし 並び建つマンション 古い一軒家 似た形の屋根 窓の奥からもれる 目のはしにのびる色 透ける いなくなる 滑らかなアスファルト なでる 妄想の手でなでる

「ことば」

おしなべて この世は言葉でできている 本当にわからないことばかりだから すべて理解したくなる 生きる理由生きづらい理由 あんまり知らない街で起きてる戦争のニュース ここでは誰もが思うことがちがって正しく伝わるわけでもないので そうして生まれた様々な言葉が空気や光や仮想 脳内を行き交う おしなべて この世は言葉で動いている 本当にわからないことばかりだから ばらばらに壊したい勝手につけられた優劣 そこらにある差別されたりしたりを繰り返す ここでは誰もが思うことがちがって正しく伝わるわけでもないので そうして生まれた様々な言葉が空気や光や仮想 脳内を行き交う 違う言葉に変わる

ESSAY/随筆

音楽を作り始めていつのまにか10年が経っていた。  自分にとって音楽に向き合うことは生きることに向き合うことだった。  学生時代、特に趣味もなく人付き合いも最低限で、目標などもなかった私はただ希死念慮を抱えながら日々を過ごしていた。今思うとそれはASDの特性による二次障害だったように思う。  父が幼少の頃から音楽に親しんでいたため家庭内には様々なレコードが並び、休日には洋楽が流れていた。少なからず楽器が置かれ小さな音楽スタジオを併設した戸建てに住み、明らかに恵まれた音楽環境を与えられて育った。  そんな私は14歳を迎えるまで音楽を嫌い、無趣味の普通人として日々を過ごしていたのである。  しかし、それでは生きていけない。生きていく意味を見出せないからだ。私は半ば本能的に音楽家を志すことになる。  音楽を選んだ理由は単純で、音楽家の大半が音楽に囲まれた家庭で育っているとイメージしたからだ。似たような環境に生まれた私も画家や俳優などよりも音楽家を目指した方が手っ取り早いだろうと思った。  予想はおおかた的中し音楽は私にとって言葉よりも話しやすいものとなり身体よりも動かしやすいものとなった。  ただ、まあ私の音楽人生はそういう始まりであったので、父からの音楽的DNAはあまり引き継がず大体の同世代と同じようにYoutubeから情報を摂取しTSUTAYAでCDを借りた。  一つ異なる点をあげるとするならば多くの同世代がボカロとJロックに青春を捧げたのに対して、私は日本のフォークトロニカやビートシーン、オルタナティブなJポップ、昔のジャズやR&Bに対して情熱を捧げた。音楽を聴くものではなく、つくるものとして摂取し、知識のないままネットの海を漂っていた。そして今も漂っている。  『私の音楽』をつくることはこれらを混ぜ合わせることを意味する。つまり、日本語の歌をR&B・ジャズを参照したグルーヴで、グリッチやノイズを交えたエレクトロニカおよびアンビエント的な音響の中に構築し、ヒップホップの精神に強く影響を受けつつ曲をつくるということだ。はたして実現できているだろうか。リスナーの皆様にはその耳で確かめていただければと思う。  音楽的に恵まれた環境に生まれ育ったからといって、この4曲を実際に形にするのは簡単ではなかった。私の大変困難な生活の果てにそれらは生まれた。  私よりも悲惨な環境な中生活している人々も大勢いるだろう。この音楽たちはそうした不幸に対して何の役にも立たない。しかし、わずかだがこの音楽たちによって幸福を感じる人がいるだろう。その幸福が余裕を生み、より良い世の中を形作るための流れの一部となることを願う。その中には私もいる。 2025.5.20